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人生は一冊の問題集
各人は、それぞれの魂にあった問題集を与えられています。
どのような問題が降りかかってきたとしても、
それはあなたが解くことができる問題であり、また、あなたにしか解けない問題なのです。


大川隆法著 「光ある時を生きよ」第1章より
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テーマ:幸せになる考え方 - ジャンル:心と身体

兄弟間の嫉妬
心の指針67

兄弟間の嫉妬

子供を育てるのは大変だ。
子供は親の思う通りにならない。
親が忙しいときに限って病気をしたり、
勉強してほしい時には遊びたがり、
親子で遊ぼうとすると、友だちとの約束があるという。
夫婦仲が危ないときには、ケンカを始め、
職業に不安がある時には、学校でトラブルを起こす。

ああ、少子かもむべなるかな、という気もする。
だが、考えてみれば、自分も子供時代、
そのようであったのだ。

兄弟姉妹の競争は、
実社会のはじまりでもある。
子供はとにかく嫉妬する。
上の子が下の子に嫉妬し、
下の子が上の子に嫉妬する。
子供はとにかく欲しがるのだ。
親から奪い取れる量を、
自分への愛情と考えて、
兄弟間の公平分配に異を唱える。
ある子は親の気を引くことに勝利し、
別の子は泣いたり、反抗したりして、
親を困らせて、その愛を独占しようとする。

互いに協力し合い、一家で団結することを教えよ。
嫉妬のやき方の調整が、
大人になる道だと諭しなさい。


大川隆法総裁
月間幸福の科学2010/07 281号より

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格差社会 ~スマイルズ自助論とマルクス共産思想~
昨今盛んになっている格差社会論
当ブログでも今まで何度か取り上げたことがあるかと思いますが

現鳩山政権においては
この格差是正の名の下に

独裁主義的社会主義化とでもいいましょうか

甘い蜜で誘いつつ
この日本を亡国の方向へと運びつつあるように思いますので

今回は改めて
主、幸福の科学大川隆法総裁のお話を
月刊誌・幸福の科学12月号より引用いたします

以下

繁栄の一方で「心の問題は解決されていない

私は、この二十数年間の間、法を説いてきました。そして、今、いよいよ自分の仕事が集大成に向かっていることを、強く強く感じています。

最初は、自らの得た悟りを人々に伝えるところから仕事が始まりました。それも、「目に見えない世界の存在を訴えかけ、それを証明しよう」という努力であったために、数多くの書籍の出版を世に伴いました。もう五百冊以上の本を世に問いました(今年2009年だけでも、31冊の本が出版されている)。

書店で売れた本の数と、教団内部で頒布された本の数とを合わせると、おそらく日本国民の数を遥かに超える冊数の本が読まれていると思われます。

そして、数多くの外国語に翻訳され、今、私の教えの骨格が、そして、その一部が、地球の隅々にまで広がりつつあることを心から嬉しく思います。

現在、私が主たる関心を持っていることは、最初に自らがつかんだ「霊的真実」という名の悟りを弘めることのみならず、「実際の行動や活動において、それをどのように表現し、伝え、理解してもらうか」ということです。

外国には、まだ信仰心が篤い国もあり、霊的な真実を素直に受け入れる人も数多くいます。ところが、この日本の国をみると、社会的には非常に繁栄しているのですが、肝心の「心の問題」が十分に解決されてはいません。

なぜなら、結局のところ、国というものは、「真実」を柱として打ち立てなければ、正しい繁栄の姿を未来に向けて表現し、投影することができないからです。


日本に流れている「マルクス思想」の問題点

この国において、いまだに底深く流れている思想、根深く流れている思想があります。それは、あなたがたもすでに聞いたことがあると思います。「マルクス主義の思想」です。

人間としてのマルクスが、勉強家でもあり、努力家であったことは私も認めます。そして、この世においてユートピアの建設を夢見ていた人であったことも認めます。

しかしながら、マルクスは、個人としての生き方のなかで、真なる幸福を見いだせなかった人であり、その彼の思想は、残念ながら、世界に広がってのち、数多くの厄災、人類への苦しみを引き起こしてきたと感じます。

彼が生きた当時、すなわち、今から百数十年前のイギリスにおいては、確かに、貧富の差も激しく、苦しんでいたる貧しい人たちも数多くいたでしょう。そして、そういう人たちを救うことも、一つの大きな使命ではあったと思います。

しかしながら、彼の思想には根本的に大きな間違いもあったと思うのです。それは何であるかというと、私の言葉で整理するならば、一つには、「個人の創意工夫や努力、そして、その成果というものを正当に評価していない」ということです。


人々が「努力の意味」を忘れた国家は衰退する

このマルクスの思想に対比されるものが、スマイルズの『自助論(セルプ・ヘルプ)』です。

人間は、その志と勤勉によって人生を切り開いていくことが可能です。しかし、そうした「個人の努力」というものに重きを置かないで、もし、「自分の幸・不幸は、政府、あるいは、お金持ちや地位の高い人たちによって決められていて、自分の責任は一切ないのだ」という思想が蔓延したとき、広がったときには、どうなるでしょうか。

確かに、そういう思想が、事実として、個人に当てはまることもあるでしょう。しかし、そういう考え方が国全体に広がったときには、人々は向上心を捨て、努力の意味を忘れ、その結果、国家は衰退へと向かっていきます。そのことを忘れてはならないと思います。

仏教においては、これを「縁起の理法」ともいいます。「縁起の理法」とは、原因と結果の法則、「原因があって結果がある」という法則です。「よい原因をつくれば、よい結果が来て、悪い原因をつくれば、悪い結果が来る」という、ごく簡単な法則です。

しかし、この簡単な法則を信じることができなければ、人間は、「努力によって道が開く」という人生観を持てなくなっていくのです。


利他に生きる-他の人の幸福を考えて生きる

もう一つ、肝心な点を忘れてはならないと思います。

それは、「人間にとって尊いことは何か」ということです。

自分自身の本能のままに考えるならば、人は誰しも、本来、自分自身の利益を中心に考えます。しかしながら、その本能に逆らって、他の人々のために生きようとする、ごく少数の人々が、いつの時代にも存在します。

彼らは世の光です。この世を照らす光です。

誰もが自分のことを真っ先に考えるなかにおいて、他の人々の幸福をまず考える。「他の人々を、どうやったら幸福にできるか」ということを中心に考える。そういう人たちが、一握りではありますが、どの時代にも、どの国にも、生まれています。

これがエル・カンターレの弟子たちの姿です。


http://elhappy.blog51.fc2.com/blog-entry-626.html
引用部分はいつもお世話になっておりますオーパの幸福実現党応援宣言さまよりコピペさせていただきましたm(__)m

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テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

平凡なる大道
今日は

光よ、通え
大川隆法著 幸福の科学出版

より・・・・

平凡なる大道

愛を得んとしてなにゆえに苦しむのか。
人に認められんとしてなにゆえにもがくのか。
そんなに他人の評価がほしいのか。

しかし、私はあなたがたに言おう。
他人の甘いささやきに酔いしれているうちは、
真の自己確立への道のりは、まだまだ遠いのだ。
学べば学ぶほどに、知れば知るほどに、悟れば悟るほどに、
「怖さ」がわかってこなければ、まだ本物ではない。

真理の大海を前にして、
自分は
浜辺で無力に泣きじゃくる子供のようであったと述懐する、
あのニュートンの謙虚さに学べ。

自分の研究など、
神から流れ出る真理の大河に、
スプーン一杯の水を注ぐほどでしかないと痛感した、
あのアインシュタインの言葉に学べ。

また、その天才的業績を人にほめられても、
自分は汗を流すことにおいて天才だったのだと語った、
エジソンの心意気に学べ。

真に偉大なる者は、
平凡なる大道を黙々として歩み続けるのだ。
そこには何のてらいもない。
日々足ることを知って、一路邁進するのみなのだ。
スピリチュアル幸福生活
今回は
最近出た書籍。

霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活
大川隆法著

プロローグから

あの世を信じたほうが、幸福になれる

みなさんは、「あの世があると考えた場合と、あの世はないと考えた場合と、どちらが、自分にとって幸福か」ということを、考えてみたことはありますか。

仮に、今あなたが四十歳で、平均寿命まで、あと四十年あるとしましょう。

もし、「これから四十年間いろいろなことをして、八十歳で死ぬと、火葬場で焼かれて、ひとにぎりの骨と二酸化炭素だけになり、自分が生きた証拠はなにもなくなってしまう」と考えるならば、これが、幸福な考え方でしょうか。

やはり、「特定の魂を持って生きた人間の魂が、そのエネルギーが、死後も永遠に生き続ける」と考えるほうが幸福ではないでしょうか。

人間は死ねば何もかも終りになるならば、この世の道徳も哲学も宗教も、すべて不毛なものとなってしまうでしょう。

あなたは、何のために己の人格を磨いたのでしょうか。何のために勉強し、汗を流して働き、努力して人間関係をつくったのでしょうか。何のために、一生懸命生きてきたのでしょうか。

死によってなにもかもなくなってしまうのならば、人生は、まったく虚しいものにすぎないのではありませんか。人格を磨くことなど意味がなく、努力して一生懸命に勉強し、人格の向上を目指す必要などありません。そうしたことを勧めるのは、ペテン師のささやきになってしまいます。

人格の向上を目指すことが、地位や収入など、この世的な幸福を得ることにつながるとしても、死ぬとすべてが終りになるならば、そのような幸福は虚しいものとなります。

どちらの考えが、ほんとうの幸福につながるでしょうか。

「この世で努力して身につけたものは、死後の世界に持っていくことができる。死後の世界においても自分の人格が生き続ける」と思えばこそ、努力することに意味があり、その努力が素晴らしく思えるのではないでしょうか。

「死ねば何もかもなくなってしまう」と考えるか、「死後も人格は残る。一生懸命に努力していれば。死後も、素晴らしい活躍が続けられる」と考える。

あなたは、どちらに賭けますか。どちらに賭けたほうが、あなたは幸福になれると思いますか。

本書で述べていくように、死後の世界があることについて、私は、はっきりとした証拠を持っています。死後の世界があることに賭けたほうが、あなたにとって幸福な人生となることは間違いありません。

自分にとって、どちらの考え方に幸福があるかをよく考え、受け入れるべきものは受け入れ、冷静に知識的な学びを行っていくことが大事だと思います。

本当の世界を知り、「どのような生き方をすれば、どのような世界にいくのか」ということを知れば、少なくとも、死後の世界を恐れる必要はまったくなくなるのです。


科学がどれだけ進歩しても
あの世がなくなるわけではない、と。

しかしあの世はみえない。
信じるかどうか、その賭けになる。

そしてそのあの世について学ぶときに
どの宗教を選ぶかというのも一種の賭けかもしれない

と思う。

だからこそ
自分に正直に
自分が信じられるものを信じようと思う。
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